たらしと三つ子の魂百までの相対関係

【たらしと三つ子の魂百までの相対関係】


《三つ子の魂百まで》
と言われるように
人間の人格形成は三歳までが重要とされています。

生後三年でどれだけ両親に愛されたか
人間の人格形成における基本的な核はココにあります。

愛ある家庭環境で育った人と
愛のない家庭環境で育った人は
その後の人生において不思議なご縁が巡ってきます。

そのひとつの例でたとえると
女ったらし
男ったらし

その心の奥底には
《心から愛されたい》
という願望、
愛に飢えたさみしさが混在します。

愛されたいということを異性に求め続けているうちは真なる愛は感じることはできません。

過去に対する異性への恨み辛み憎しみに対し、母親への気持ちや異性への気持ち

その心の奥底は異性を信じなくなって愛せなくなった自分が自分と向き合い和解しない限り、その先に真なる愛を感じることは不可能なのです。

たしかに
その部分を見るのは辛く悲しく心が引き裂かれるほどの感情を経験します。

しかし
そこから目をそらしている限り、異性をたらし込むことは治りません。

それは一種の心の病気と認めることが必要とされます。

自分が自分を認めないから次から次へと異性をハンターします。

女性は男性に媚び
男性は女性に媚び
好かれようとします。

したがって
どれだけハンターして肉体関係になろうとも、自身の心の中に満たされないものは
自身が乗り越えない限り死ぬまで続きます。

この問題は非常に根が深く、生後三年の両親からの愛情は後々の異性関係へと発展し、円滑な異性関係が保てなくなり、歪んだ愛情はたらしへと変化するのです。


それは
三つ子の魂百まで
の基本的な人格形成が歪んでしまっているという現実をきちんと理解し、自分のせいではない!親のせいでもなく、自分自身がこの世に生まれてきた理由のひとつとして、その経験はひとつの学びであったとしっかりと心に落とし込めて、初めて
たらし
としての自分と決別できます。


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わたくしは親の愛に飢えた方々とご縁があります。

それはわたくし自身がその過去に対する辛さや悲しみに対し共感できるものを持っているからです。

わたくしはそういうご縁に対し
観音様のような慈悲の心で接し
人を愛するようにしています。

美人やスタイルという外見でなく
全く正反対のわたくしが
そういう方々とご縁があるのは
この三つ子の魂百まで
の人格形成の時期の複雑な家庭環境が似てる者同士だからです。

両親の愛情に飢えて育ってきた者と
両親の愛情を受けて育ってきた者とは
魂が完全に違うのです。

だから
似たような環境で育った男女は
気が合うのです。


本当の母の愛に飢えた方々が多いと実感しております。

わたくし自身はそのように人を愛する訓練だとしか思っておりませんし、堕落しないように身を清めています。


わたくしは天に全てを委ねており
天を中心に生きておりますゆえ
その他は何も異性には求めておらず
この心情基準と同等の方々しか相対しません。
よって
異性において魔が差すこともまずありえませんし、動機の不純な方々はわたくし自身とは自然とご縁が離れていきます。


それは残りの人生は
万人を愛する為に生きているからです。

男性女性問わず
全ては動機

どれだけ外見が良くとも
どれだけ商品が良くとも

その人の心の動機がどうなのかを
天は見ておられます。

これからも真なる愛を伝える為に生きてゆきます。


Meeko

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